“どこにいるのかは問題ではありません。会いたいか会いたくないか、それが距離を決めるのよ”
— 森博嗣 - すべてがFになる (via iamdrivingacadillac)
わくわく
“どこにいるのかは問題ではありません。会いたいか会いたくないか、それが距離を決めるのよ”
— 森博嗣 - すべてがFになる (via iamdrivingacadillac)
“私が小学1年生の時に事故で両親が死に、それ以来おじいちゃんと2人で暮らしていた。 おじいちゃんは料理などできなかったけれど、私のために毎日質素ながらご飯を作ってくれた。 ご飯と納豆、とかご飯と缶詰め、とか。 そして食卓にはいつもカマボコが2~3切れ置いてあった。 カマボコは必ず毎日食卓にあった。私はカマボコがおじいちゃんの好物だと思っていた。 中学生になり、私が食事の用意をするようになっても、必ずカマボコを2~3切れ食卓に出し続けた。 4年前、おじいちゃんが亡くなった時、霊前にカマボコを供えた。 おじいちゃんの好物だと思っていたから。 叔母さん(父の姉、おじいちゃんの長女)に「おじいちゃんカマボコ大好きだったから…」 と言うと「違うんだよ」と言われた。 「違うんだよ。あの人は子供が喜ぶ料理なんてつくれないから困ってたんだよ。」 「カマボコはピンク色だから、女の子が喜ぶと思っていつもカマボコを用意してたんだよ。」 その他にも、両親が死んで叔母さんが私をひきとると申し出た時 おじいちゃんが「俺が育てる」と言って私を離さなかった事などを聞いた。 おじいちゃんはいつもしかめっ面で寡黙でちょっとこわい人だった。 でも両親がいなくなった私に寂しい思いをさせないように一生懸命だった。 参観日に死んだお父さんの服を着て来てくれたこともあった。(サイズ合ってない) ハンバーグが食べたいと言ったときに挽き肉を丸めて焼いただけのものが出てきたこともあった。 口にも態度にも出さなかったけど、おじいちゃんはすごく一生懸命に私を育ててくれた。 ピンク色のカマボコを見るとおじいちゃんを思って切なくなる。 もちろん今でもお仏壇にお供えする品には、必ずカマボコをそえています。”
— カマボコ 続・妄想的日常 (via mcsgsym)
“プールの授業が終わったあとの国語の授業のときに開けてる窓から入ってくる風がいちばん好きな種類の風なんだけど、その風にはもう一生会えないのかとおもうととても悲しいです。みんなからほんのり塩素の匂いがして、何人かは疲れて爆睡していて、たまに風が窓際の何人かのノートをバラバラめくってきて、朗読の声がスッと響いていたあの時間は世界でいちばん穏やか場所だったとおもう。”
— 自分が書かなければおそらく誰かが書く日記 (via fffff9)
Anonymous asked:
ak0gare answered:
性愛を知らない女子高生が「しにたい」の代わりに「セックスしたい」と呟くこととか、くだものを縦に切ると包丁が濡れることとか、まだ誰にも知られたことのない自分の裸が鏡のなかですごく綺麗に映ることとか、色が夜に移ろいかけた空は携帯だと全然うまく撮れないこととか、切り傷と冬の風は似ていることとか、わたしの暮らしに罫線がなくなって久しいこととか、飛行機雲を見つけても隣の人にわざわざ教えなくなることとか、自分よりも自分の名前を丁寧に書いてくれる人に出会うこととか、合唱することがもう永遠に人生の中でないことに気づくこととか、誰かが落っことしたイヤリングがコンクリートの上で乱反射してることとか、コートのポケットからメモ紙が出てくることとか、今年海に行ってないのにサンダルの底がざらざらすることとか、生きて歳を重ねていることすべてそうです。おとなになるにつれて目につかなくなるのだと思う。自分が切ないと思った瞬間や、誰かの仕草、風景をとこしえに忘れないでください。
“自分が楽に生きられる場所を求めたからといって、後ろめたく思う必要はありませんよ。サボテンは水の中に生える必要はないし、蓮の花は空中では咲かない。シロクマがハワイより北極で生きるほうを選んだからといって、誰がシロクマを責めますか。”
— 梨木香歩「西の魔女が死んだ」 (via kimikimianone)
この言葉に何度救われたことか。
(via 0426chummy)